江戸時代の健康について

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徳川慶喜.jpg

2千万円問題が、参議院選挙の争点になっていますが。
平均寿命や老後の健康については、誰しも関心があると思います。

今日は、江戸時代の健康の話。
ちょっと調べて遊んでみました。

驚いたことに江戸時代の平均寿命は、30才程度だったらしい。
医療技術が未熟な為、幼児の段階で亡くなるケースが多かったからか。

では、当時の死亡原因となった病気はどのようなものだったのだろう。
代表例として、徳川将軍家の歴代の事例を挙げてみよう。

☆徳川将軍家の事例☆
初代・家康=胃癌:享年75歳

2代・秀忠=胃癌:享年54歳

3代・家光=高血圧、脳卒中:享年48歳

4代・家綱=心筋梗塞か:享年40歳

5代・綱吉=麻疹による窒息:享年64歳

6代・家宣=インフルエンザ:享年51歳

7代・家継=急性肺炎:享年8歳

8代・吉宗=再発性脳卒中:享年68歳

9代・家重=脳性麻痺による尿路障害:享年51歳

10代・家治=脚気衝心:享年50歳

11代・家斉=急性腹症:享年69歳

12代・家慶=暑気当たり:享年61歳

13代・家定=脚気衝心:享年35歳

14代・家茂=脚気衝心:享年21歳

15代・慶喜=急性肺炎:享年77歳

☆感想☆
・脚気、急性肺炎、胃癌、脳卒中が多い。脚気は怖い病気だったらしい。

・家康は、健康志向が強く自分自身で漢方薬を調合していたのは有名だ。

・もし現代の医療技術があれば。
 7代が長生きし、「暴れん坊将軍」の登場は無かったかも知れない。

・慶喜も傑物の誉れが高い。
 悪あがきせずストレスの少ない生き方をしたのは賢い。

・9代、13代あたりは、とても健常者とは言えないが。
 よほど重臣達がしっかり支えたのだろう。

☆脚気のこと☆
脚気が死に至るというのは、現代人にとって、やや奇異な感じがする。
だが、かつて日本軍では脚気による死亡者が多く、その対策で陸軍と海軍に対立があったという。

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陸軍軍医総監(中将相当):森鴎外
  脚気の原因を細菌による伝染病とし、陸軍内では白米を主食とし続けた。

海軍軍医総監(少将相当):高木兼寛
  脚気の原因は、栄養にありとして兵食改良を徹底。
  麦飯を主食とし、当時馴染みのなかった「カレー」を採り入れた。

結果として、海軍に於いては、脚気による死亡者が激減したが、陸軍に於いては改善がみられなかった。
(*)『明治二十七八年役陸軍衛生事蹟』によれば、死者総計の約2割、
   約4千人の死因が脚気であり、陸軍はその後も脚気の惨害に見舞われた。

文豪・森鴎外は、軍の最重鎮であって、海軍の兵食改良を徹底して批判した点が、後に批判されることとなっている。

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この記事へのコメント

2019年07月14日 16:32
 TVドラマの「大岡越前」で、「江戸患い」について取り上げている回がありました。今でいう脚気ですねえ。

 医学がまだまだ進歩していない時代では、少しの事でも命とりになることがおおかったのでしょう。
 「人間五十年」ならぬ三十年とか、乳幼児の死亡率が高かったとか、いろいろタイヘンでしたね。
2019年07月14日 17:14
大岡越前のその回は、観ていなかったです。
そうですか。「江戸患い」と言ったのですか。

森鷗外の時代ですら、脚気の原因は分かっておらず、細菌による伝染病という考えが主流だったようですね。

高木兼寛・海軍軍医総監という人は、「ビタミン」の父と言われたほどの人で、偉い人だったんですねえ。
2019年07月14日 23:25
こんばんは。

江戸時代の平均寿命は、30才程度だったんですか。
40歳くらいと思ってました。
赤ん坊の時は子供の頃に亡くなる人が多かったんでしょうね。
将軍の没年は良く知ってます。
歴史好きなもので。
2019年07月14日 23:56
歴史の本などを読むと、大名の子供でも生まれてすぐに亡くなるケースが多いですよね。ましてや貧しい階級の子供などは、さらに短命だったのではないでしょうか。

江戸時代ですから医療技術も随分と未熟だったのでしょうね。
平均寿命も正確なところは、わからず諸説あるのだと思います。

もし現代の薬があり、「神の手」と言われるような名医がいれば、随分と助かった命もあったでしょうね。
そうとう歴史も変わっていたのではないでしょうか。