過去にいた8人の女性天皇

推古天皇.jpg

令和の時代に入って、約3ケ月が、経過しました。
取り敢えずは、生前譲位もスムースに執り行われたようで、一安心です。

しかし、「皇族方の減少」や、「安定的皇位継承の維持」に対する対策については、未だ手付かずの状態なので、年末あたりからは、いろいろ議論される事になりそうです。

議論される点としては、「女性天皇」や「女系天皇」を容認するか否かというのが、最も重要な検討事項になると思われます。

我が国の歴史には、過去10代(8人)の女性天皇が出現していますが、女性天皇が擁立された時代の、夫々の事情を、ちょっと調べてみました。

☆女性天皇擁立の事情☆
33代・推古天皇=在位36年
32代崇峻天皇は、権力を握った蘇我馬子の暗殺をほのめかしたが、馬子は逆に崇峻天皇を暗殺し、29代・欽明天皇の娘で、蘇我氏の血を引く推古天皇を即位させた。
推古天皇は、甥の聖徳太子を摂政として政治を執り行わせた。
(次の舒明天皇は、30代・敏達天皇の直系)

35代・皇極天皇=在位3年
30代・敏達天皇の孫で、中大兄皇子の母。
舒明天皇の崩御後、16歳であった中大兄皇子が、未だ若か過ぎるため、皇后が即位した。
在位中は、蘇我の蝦夷・入鹿が国政を握っていた。
大化の改新で中大兄皇子が、蘇我の蝦夷・入鹿を暗殺した。
(次の孝徳天皇は、30代・敏達天皇の孫)

37代・斉明天皇(皇極天皇と同一人物)=在位6年
36代・孝徳天皇の崩御後、なかなか中大兄皇子が即位しようとしない為、皇極天皇が二度目の即位をし、斉明天皇となった。
実権は、中大兄皇子が握っていたが、何故なかなか即位したがらなかったかは、謎とされている。
(次の天智天皇とは、中大兄皇子のことで、34代・舒明天皇の子)

41代・持統天皇=在位7年
持統天皇は、天智天皇(中大兄皇子)の娘、40代・天武天皇の皇后。
天武天皇の崩御後、実子の草壁皇子を即位させようと、大津皇子を謀反容疑で処刑したが、草壁皇子が神経を病んで逝去した為、自ら即位することになった。
(次の文武天皇は、草壁の皇子の第一皇子で、天武天皇の孫)

43代・元明天皇=在位8年
天智天皇(中大兄皇子)の娘、持統天皇の姉妹、草壁皇子の正妃。
文武天皇が病に倒れたとき、その息子の(45代・聖武天皇)はまだ幼かったため、中継ぎとして即位した。

44代・元正天皇=在位9年
元明天皇が老齢を理由に譲位。45代・聖武天皇はまだ若いので、草壁の皇子と元明天皇の娘である元正天皇が即位した。

46代・孝謙天皇=在位9年
聖武天皇の第2皇女。弟の皇子が早逝した為、史上初の女性皇太子となった。
聖武天皇の譲位により即位。
(次の淳仁天皇は、舎人親王の第七皇子で天武天皇の孫))

48代・称徳天皇(孝謙天皇と同一人物)=在位6年
(淳仁天皇+藤原仲麻呂)対(孝謙上皇+道鏡)が戦った。
・戦に勝利した孝謙上皇が淳仁天皇を追放し、再び即位し、称徳天皇となった。
(次の光仁天皇は、天智天皇の孫)


109代・明正天皇=在位14年
108代・後水尾天皇の第二皇女。お江の孫。
江戸初期に幕府と朝廷との間に確執があり、紫衣事件が起こった。
後水尾天皇は幕府への抗議として独断で譲位し、わずか7歳の明正天皇が即位した。
(次の後光明天皇は、後水尾天皇の第4皇子)

117代・後桜町天皇
=在位8年
116代・桃園天皇が、22歳の若さで崩御したが、その息子の英仁親王がまだ5歳だったため、元服までの中継ぎとして即位した。
(次は、桃園天皇の子である英仁親王が後桃園天皇として即位


☆総括☆
女性天皇の擁立には、夫々の時代に已むに已まれぬ事情があったのであり、その何れの場合でも「男系の女性天皇」であり、その後の皇位承継が女系で為された例はない。

天皇制については、賛否織り交ぜ、種々の議論があるとは思うが、敗戦も乗り越え、126代の天皇が連綿と存続してきたことを思えば、出来得ることなら伝統である男系の継承が望ましいと思う。

男系男子を優先するとしても、男系の女性天皇については、記述の通り過去にも例があり、何ら問題ないと思われる。

男女に拘わらず、女系天皇は過去に例がなく伝統には反するものの、他に方法が無い場合に限っては、容認されるべきだろうと思う。
最も大切なことは、現在の「象徴天皇制」が存続されることだというのが、私の思いである。

この記事へのコメント

2019年07月15日 11:31
令和に入ってもう3ヵ月過ぎたのですね。
女性天皇についてはどうなるのでしょう?
一時国会で問題になっていたが、
秋篠宮様の所で男子誕生で
打ち切りになってしまいましたね・・・
2019年07月15日 11:52
早いですねえ。もう令和になって三か月です。
女性宮家や女性天皇についての議論は、小泉内閣の時に検討していましたが、
秋篠の宮家の悠仁さまの誕生で、頓挫してしまっていますね。

しかし、いずれは問題になることなので、今年末あたりから再検討始めるのではないでしょうか。あまり先延ばしは出来ないですよね。

今は、参議院選挙で皆さん頭がいっぱいのようです。
2019年07月15日 14:47
雅子様に皇子が生まれなかったのが残念です!
天皇については新しく制度を・・・というより、としさんがおっしゃる通り、過去の経緯の沿ってということでよいのではないかと思います。
宮家の人数が少なくなって・・・というのは、宮家に準ずる立場の方々が代行するしかないでしょうかねぇ?
ただ、根本課題は皇族の少子化対策でしょうね!?
2019年07月15日 17:21
雅子さまは、以前と比べると晴れやかでお元気のように見えますね。
やはり天皇家の存在は、日本にとって大切なものだといつも思っています。
やはり伝統を守ってこその天皇制という事を思うと、先ずは伝統に従うことを考えて、
さんざ手を尽くしても、どうにもならない段階になって、はじめて見直しをするという姿勢がよいと思います
2019年07月16日 08:04
としさんのブログは、私の思い付きのとは違って、裏付けがしっかりとした、学究肌のブログですね。いつも感心しながら勉強させていただいています。
2019年07月16日 09:06
茜雲さんのブログは、いつも拝見していて、その写真技術に舌を巻いています。
健康で、積極的に旅行に出かけて素晴らしい写真を撮る。
そのブログを10年以上続けるというのは、凄いです。
私も見習いたいです。