相撲の話

千代の山.png


大相撲名古屋場所が、始まりましたので、今日は相撲の話です。歴代横綱の体格を比較してみましょう。



昔、熊本市内に吉田司家という行司の神様の家があった。現在は、その敷地にマンションが建てられ、跡形も無いが、当時は相撲界では大変な格式のある家だったようだ。

歴代の横綱は、横綱昇進を果たすと、必ずその吉田司家へ挨拶に行き土俵入りを奉納するのが、習わしであった。

私の子供の頃に、吉葉山が横綱昇進を果たした。なかなかの美男子の横綱で子供心にも憧れの力士だった。

土俵入りには、入場制限が為されていたと思うが、私は吉田司家の塀を必死に乗り越えて、真近に土俵入りを見ることが出来た。

子供のことでもあり、係員も不正入場を多めに見てくれたのだろう。

土俵入りも終わり、未だ興奮冷めやらぬ帰路で千代の山を見た。真下から眺めた千代の山の大きかったこと。その時の驚きは今も脳裏にはっきり焼き付いている。
世の中にこんな大きい人間がいるのかと・・・・。


現在は、力士の大型化が進んでいる。特に外国人力士の進出により益々、その傾向が顕著となった。

力士の大型化が、怪我の原因ともいわれており、あまりの大型化は気になる所でもありますが。

現在の力士と私の子供の頃の力士。ちょっと体格を比較してみたくなった。
一体、あの時の千代の山は、ランキングとしてどの当たりに入るのだろうか?


信憑性が確かな35代横綱・双葉山から、72代横綱・稀勢の里までを対象にして、身長と体重別に並べてみた。結果は次の通り。

(身長順) 
        
1位:64代・曙・204cm      
2位:60代・双葉黒・199cm    
3位:67代・武蔵丸・192cm    
4位:69代・白鵬・192cm     
5位:41代・千代の山・191cm   
6位:62代・大乃国・189cm    
7位:46代・朝潮・189cm     
8位:63代・旭富士・188cm    
9位:47代・柏戸・188cm 
9位:72代・稀勢の里・188cm
10位:48代・大鵬・187cm 
   
11位:56代・若乃花・186cm 
11位:71代・鶴竜・186cm  
12位:65代・貴乃花・185cm   
13位:68代・朝青龍・185cm 
13位:70代・日馬富士、185cm  
14位:52代・北の富士・184cm  
15位:54代・輪島・184cm    
16位:58代・千代の富士・183cm 
17位:53代・琴桜・182cm     
18位:59代・隆の里・182cm   
19位:50代・佐田の山・182cm  
20位:61代・北勝海・181cm 
 
21位:57代・三重ノ海・181cm  
22位:43代・吉葉山・180cm   
23位:66代・若乃花・180cm   
24位:55代・北の湖・179cm   
25位:40代・東富士・179cm   
26位:35代・双葉山・179cm   
27位:36代・羽黒山・179cm   
28位:39代・前田山・179cm   
29位:45代・若乃花・179cm   
30位:44代・栃錦・178cm 
   
31位:51代・玉の海・177cm   
32位:49代・栃ノ海・177cm   
33位:37代・安芸ノ山・176cm  
34位:42代・鏡里・175cm    
35位:38代・照国・173cm  

(体重順) 
        
1位 67代・武蔵丸・235kg
2位 64代・曙・232kg
3位 62代・大乃国・203kg
4位 72代・稀勢の里・178kg
4位 55代・北の湖・167kg
5位 42代・鏡里・165kg
6位 40代・東富士・160kg
7位 38代・照国・160kg
8位 65代・貴乃花・159kg
9位 60代・双葉黒・157kg
9位 71代・鶴竜・157kg
10位 53代・琴桜・155kg

11位 59代・隆の里・154kg
12位 69代・白鵬・152kg
13位 48代・大鵬・150kg
14位 61代・北勝海・144kg
15位 63代・旭富士・143kg
16位 43代・吉葉山・142kg
17位 46代・朝潮・140kg
18位 47代・柏戸・140kg
18位 70代・日馬富士・137kg
19位 68代・朝青龍・139kg
20位 52代・北の富士・135kg

21位 35代・双葉山・135kg
22位 66代・若乃花・134kg
23位 56代・若乃花・130kg
24位 57代・三重ノ海・130kg
25位 51代・玉の海・130kg
26位 54代・輪島・128kg
27位 50代・佐田の山・125kg
28位 37代・安芸ノ山・125kg
29位 58代・千代の富士・123kg
30位 36代・葉黒山・120kg

31位 44代・栃錦・120kg
32位 41代・千代の山・115kg
33位 39代・前田山・113kg
34位 45代・若乃花・107kg
35位 49代・栃ノ海・107kg


千代の山は、身長では5位、体重では下から4番目と、かなりノッポだったようだ。子供だった為に、実際以上に大きく見えていたのかも知れない。なんせ実物の“相撲取り”を見たのが生まれて初めてだったのだから。

この記事へのコメント

秋月夕香
2019年07月08日 19:00
こんばんは。以前住んでいたところの駅前には相撲部屋があり、駅から西の方で取り組みもやっていましたが、そのころはあまり興味なく、~というか今でもあまりよくわかりません。主人はよく見ていましたけれど。千代の山は小柄でとても強いという印象でしたね。あの頃はいつもテレビがかかっていましたので今日誰が勝手、誰が負けたかなどはよくわかっていました。八百長があったりすると、相撲もがっかりですね。
2019年07月08日 20:02
近所に相撲部屋があったのですか。
それじゃ相撲ファンの人なら、いつでも稽古場を覗けたわけですね。
うらやましい限り。
「千代の山は小柄で強かった」というのは、たぶん千代の富士のことではないでしょうか。
千代の富士なら身長183センチ、126キロの小柄ながら、31回も優勝して強かったです。彼は千代の山を襲名しないかと言われたにも関わらず、それを断って千代の富士の四股名を維持したそうです。自信家だったのでしょうね。
最近は、八百長はないと信じたいですね。
茜雲
2019年07月09日 08:23
吉葉山、懐かしいですね。子供の頃、私も好きな力士の一人でした。

名古屋場所が始まりました。車で7,8分のところに湊部屋が宿舎を構えています。逸ノ城がいますが、今場所はあまり期待が持てないようです。そのうちに宿舎のお寺に出かけ、朝稽古を撮ってきたいものです。
2019年07月09日 09:30
吉葉山をご存知なんですね。カッコよかったし子供の頃に私もファンでした。
車で7、8分の所に湊部屋があるんですか。
逸ノ城は、鮮烈なデビューをしましたね。
その後は、体の大きさを持て余すみたいに、やや低迷していましたが、最近はまた相撲のテクニックも覚えて徐々に成績を上げていますよね。
今場所も頑張って欲しいですね。

体が大きいだけに怪我をしないようにしなくちゃいけませんね。
把瑠都、照ノ富士なども大型力士で、将来は横綱と目されていたのに怪我でうまくいきませんでしたし。
怪我がなければ逸ノ城は相当な地位までいける力士だと思いますけどねえ。
2019年07月09日 10:22
こんにちは。

双葉黒って199cmもあったんですか。
デカイですね〜。
てか、みんなデカイですね。。。
さすがですね。
トトパパさんへ/としさん
2019年07月09日 10:58
双葉黒は、大きかったですねえ。
期待を一身に集めて、あまり若くして横綱になったので、心構えや行儀作法が出来ていなかったのでしょうね。

北尾の名前でプロレスに転向したものの、パットせず。
その後は、病気をして随分と悲惨な人生だったようですね。

しかし親からもらった体と素質は、超一級品だったのに。
実に惜しい人材でしたねえ。
2019年07月09日 13:53



 こんにちは。

国技される大相撲。
より強い力士の確保に各相撲部屋が
躍起になっておいでなのかはわかりませんが
外国力士を受けいれている態勢はこれでいいのかしらと
ふと疑問符が頭のなかをよぎる瞬間があります。

「心」「技」「体」のトップにうたわれている「心」の文字…
道路に引かれている白線も薄くなれば
引き直さないと危険な状態になってしまうように
希薄になってきている “「心(しん)」の教えの復習”を
このあたりで しっかりとしていただきたいような...
素人ですので角界へこれ以上の言及は差し控えますが
朝青龍さんが君臨なされていた以降そのような思いが
自分のなかで強くなっているものでして
この場をお借りしついふれてしまいました。失礼いたしました。

お相撲さんには私も想い出があります。
子供のころ親に遊園地に行った時のこと。
お化け屋敷に私が入りたがったていると
物凄い形相をされた2~3名のお相撲さんがお化け屋敷の中から
飛び出して来られました。よっぽど怖かったとみえます。
…それを見た私は 「入らなくてもいいよ^ ^;」と 親に。

“がたい” の大きさと心は 正比例していないんだ… と
その日 知った私でした(笑)

2019年07月09日 16:28
両国で仕事をしていた時 自転車に乗ったジャージ姿のお相撲さんをよく見ました。
びんつけ油のにおいが 結構好きでした。

大きな体で投げられたら ほとんどの力士は転げ落ちていますよね。
どうしてもう少し外側の俵の位置を広げられないんでしょうか?
ケガも減って 力士寿命も延びると思うんですけど…
2019年07月09日 16:55
相撲、柔道、剣道、いずれも国際化をした事によって、まるで異質のスポーツに変化している気がします。
特に相撲の場合は、本来は神事にも繋がる神聖なものの筈ですが、モンゴルの人にとっては、その辺の精神面が、なかなか理解するのが難しいのでしょう。
勝てば自然にガッツポーズが出るし、判定に不満があれば行司の軍配にも不服を言う。
要するに「相撲道」でなく、「SUMO」になったのでしょう。
横綱白鵬が、帰化するというニュースをみましたが、将来は白鵬理事長という可能性もあるかも知れません。
外国人枠の撤廃などのルール変更が、為されれば理事もモンゴル勢が多数を占めるようになり、日本相撲協会は、さながら「モンゴル相撲協会」になるのではないかという漠然とした危機感があります。
新弟子の時から、「社会人としての心得」、「相撲道の精神」を徹底して教育するようにしておく必要がありますね。
これはモンゴルの人だけではなく、日本人の若者も同じだと思います。

それから。
横綱白鵬が、予防注射の時に怖そうな顔をしている場面を観ました。
恐怖感というのは、ガタイの大きさとは関係ないようですね。
2019年07月09日 17:08
お相撲さんが、ジャージ着てるとなんか変な感じですね。
やはり浴衣がよく似合います。

土俵の下へ転げ落ちる件ですが、お相撲さんに言わせると、あの段差があるから安全なんだそうですよ。
もし段差がないと怪我をするのだそうです。
お相撲さんは、普段から体をムチャクチャ柔らかく鍛えています。
稽古の前に必ず入念な「またわり」をやりますし、稽古風景をみるとお相撲さんの体はまるで、あんころ餅みたいです。

土俵下に落ちる間の時間に、怪我をしないように体勢を取るのではないでしょうか。
2019年07月09日 23:37
私は宇都宮に来て、たまたま蒲生神社にお参りする機会がありました。
ら、神社脇に石像(レリーフ?)があり、『初代横綱:明石志賀之助』と!
栃木出身の方なんですね!初代横綱は!!
としさんは色々なことにお詳しくて、大変勉強になります!!
2019年07月10日 09:02
そうですか。石碑があるんですか。
相撲協会も明石志賀之助を初代と公式認定していますね。
何故か、2代横綱の綾川五郎次も栃木出身なんですよね。
江戸時代には、栃木で相撲が盛んだったのでしょうかねえ。
2019年07月11日 14:38
懐かしい四股名が並んでますね~。
体格がいいから強いという事も
なさそうですね。
私は大鵬が大好きでした(*^^*)
2019年07月11日 18:30
懐かしい四股名が並んでいるでしょう。
私は、鏡里、吉葉山、千代の山、栃錦という四横綱時代が、懐かしいです。
その前に照国というのもラジオで聞いて応援していましたけど。

こうやって見ると、若乃花、栃ノ海などは、107キロしかなかったのですね。107キロで横綱を張ったんだなと、不思議な気がします。
大きければいいというもんでもないですからね。

「小よく大を制す」というのも相撲の醍醐味だと思っています。