田沼意次の再評価

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私は、池波正太郎の「剣客商売」が好きだ。無外流の秋山小兵衛や息子の大治郎の殺陣をテレビで見ると気分がスッキリする。

この大治郎の妻、佐々木三冬は、田沼意次の娘という設定である。
時折、田沼意次が秋山小兵衛と茶飲み話をしている場面があるが、極めて物分かりの良い好々爺に描かれている。

この人物描写には、やや意外な感じをもつ人は多いのではないだろうか。
我々、日本史で習った記憶から言えば、田沼意次とは賄賂政治の権化のような存在で、日本史上希代の悪人と言われるほどだったのだから。

この田沼意次については、戦後いろいろと再評価の動きが見られる。
今日は、この田沼意次について頭の整理をしてみたい。

田沼意次は、江戸中期に9代将軍家重の小姓となり、当初600石の旗本から、10代将軍家治の時代に、側用人兼老中首座5万7千石にまで上り詰めている。

意次が、政権を握った頃には、重農主義による税制が、限界に達していた頃であった。
農民の年貢は、天候にも左右され不安定である為、この先の財政健全化の為には、税制面を始めとして、経済政策を重商主義に大転換しないかぎり幕府はもたないと見抜いた意次の眼力は、当時としては卓見といって良い。

意次は、次のような改革に手掛けている。
・印旛沼の干拓による新田開発
・株仲間の奨励と運上金・冥加金を税として徴収
・専売制の実施、鉱山の開発や蝦夷地の開発計画

当時、権勢並ぶものなしと言われた意次にも、政敵がいた。後に寛政の改革を主導することになる松平定信だ。

定信は、保守的で、朱子学の思想を踏まえ、「武士は経済活動に消極的なほど良い」という考えであり、重農主義から重商主義に大転換した意次の政策には、真っ向から反対の立場であった。

意次に関する悪評は、定信が失脚した後、大量の文書を書き残し、その一方的な主張が後の歴史家に取り上げられたという点が多いようだ。

成り上がりで政治基盤の弱い意次は、自ら主導する諸改革を断行するには、幕閣に味方が必要であり、諸大名と縁戚を結ぶ傍ら、息子の意知を若年寄に取り立てている。これがまた周囲の“やっかみ”を招き、既得権益を守りたい抵抗勢力が形成されていったのは想像に難くないところである。

それでは、意次悪人説の主たる根拠となっている“賄賂”についてはどうだろう。

田沼家には、7ケ条の遺訓が残されており、これを読んでみると。
第7条に「幕府の御用に支障を来さないように、家の経済を守るべし」との趣旨の文言がある。
(第5条は、武芸の奨励で、剣客商売はこれを踏まえての小説だろう)
また第3条は、「身分の上下に関わらず心配りせよ」というものだ。
政治権力が強く、身分の上下に関わらず門前払いをしない田沼家に門前市を為したのは、むしろ自然なことだったかも知れない。

田沼家は600石から5万7千石に急成長した為に、家臣は殆どが新規採用であった。用人には士分でないものも含まれ、接待に対する教育が不十分で高額の賄賂を罪悪感なく受け取った事例もあったかも知れない。

また老中の懐事情についていえば、幕末のずっと後になって老中の役料を3万両と定めるまでは、公式な報酬は一銭も無かった。意次の場合は、並みの老中の働きではなく、諸々の改革を推進する為に、配下の者や在野の者を支援する為に相当の財政支援も必要としたのではないだろうか。賄賂を私して、遊興にふける余裕はなかったというのが、真実に近いと思われてならない。

意次の諸々の改革は、当時として極めて優れた財政再建策であったにも拘わらず、政敵の多さに加え、浅間山の大噴火、天明の飢饉、なども災いし、その殆どが道半ばで頓挫せざるを得なかった。

意次が、身分の低い旗本からの成り上がりであったこと、高齢で焦りもあり改革が急激に過ぎたこと等、種々の理由から周囲の理解を十分に得られなかったのは無念だったに違いない。

とかく人物の評価というのは難しい。
特に、政治の世界はそうだ。真っ黒な悪人もいないが、真っ白な善人もいない。
要は、見る人の政治的立場や利害関係によって評価が如何様にも左右されるのだ。
歴史は勝者の歴史。巷間流布される噂には尾ひれが付き面白可笑しく戯曲化される。

明智光秀、石田三成、吉良上野介、殺生関白秀次、・・・日本史には、数々の悪人像が形成されている。
それにつけても歴史上の人物は気の毒だ。
悪人に仕立て上げられても本人は抗弁のしようがないのだから。
戦後見られる”田沼意次再評価”の動きは、彼にとって少しは供養になるのかも知れない。

この記事へのコメント

2019年07月01日 23:21
剣客商売 夫がよく見ているので
私もたいてい見ていますが
田沼様が 実在の方だったなんて
初めて知りました。
こういう背景を理解していると
もっと楽しく面白く感じるでしょうね。
2019年07月02日 00:05
詳しく調べて検討されてますね!
卑怯者呼ばわりだった宮本武蔵が、吉川英治さんの小説が出て、一変して英雄になりましたからねぇ・・・
実際はその中間なのでしょうね。
フラバーバさんへ/としさん
2019年07月02日 22:13
やはりお宅でも「剣客商売」を観ておられますか。
面白いですよね。
藤田まことがいい味出しております。
無外流の太刀捌きを見ると、何かスカットします。
ドラマの中では、老中の田沼意次が、なかなか話の分かる人物として描写されているので、意外な感じを受けてちょっと調べてみた記事でした。
今後も観ようと思っています。
宮星さんへ/としさん
2019年07月02日 22:17
吉川英治の「宮本武蔵」も面白いですよね。
確かに、あの本の中で武蔵は、英雄でした。
人物評価に影響を与えた作家は、何人もいると思いますが、
司馬遼太郎は、特にそうではないでしょうか。
坂本龍馬をあそこまで人気者にしたのは、司馬遼太郎の影響でしょう。